織田信長の天下への道のりには、経済力に秘密がある!

麒麟がくる7話(2020年3月1日)放送回において

劇中で道三が光秀に「京の御所の塀が洪水で流されたときの修繕費として、織田信秀は4000貫をポンと献上。今川義元はわずか500貫、我が美濃の土岐様は1貫も出せなかった」と話しました。

そのお金を現代の価値で換算すると、1貫=約15万円。すなわち、今川は500貫=約7500万円、織田は4000貫=約6億円を寄付したことになります。

NHK「麒麟がくる」公式サイト第7回のトリセツよりhttps://www.nhk.or.jp/kirin/story/7.html

なぜ織田家にはそんなお金があったのか?

とお思いのあなた!

どうも、あっしーと申します。

私は大阪に生まれ、愛知の津島という地で中学、高校は清須市の高校に通い。

大学は滋賀の大学、就職後は近江八幡市(安土)に住み、現在は転職し堺市に住んでいます。

必然のように信長、秀吉が好きな戦国時代好きの私が解説します。

目次

織田家の経済力始まりの地「津島」

津島神社

皆さんは愛知にある「津島市」という都市をご存じでしょうか?

愛知県の西部名古屋市より西に約16kmにある都市です。

有名なものに「津島神社」、「津島天王祭」があり

共に約500年以上の歴史を持ち国指定重要文化財とされています。

津島天王祭

現在は名古屋への利便の良い都市というイメージで、私の青春時代に暮らしていた思い出のある場所です。

津島神社、天王祭ともに参拝や祭り見物をしに行きました。

実は津島天王祭は日本三大川祭なのです。

他の三大川祭は大阪天満宮『天神祭』(大阪市)、そして厳島神社『管絃祭』(広島県廿日市市)の3ヶ所が三大川祭とされています。

戦国時代には栄えていた都市「津島」

当時尾張の地域を治めていた織田家にとっては物流拠点として「津島」を支配していました。

戦国時代の津島は尾張と伊勢を結ぶ地点であり、ちょうど西日本と東日本の中間い位置していました。

木曽川の支流、大川、天王川の合流点があり当時はがあり、また当時から津島神社があり大変栄ていた。

港を持っている大名のメリット

港を持つことで関税による収入があり、大きな港には多くの船が出入りするためにその関税収入だけで莫大な財力になる

このことから、津島の港は伊勢湾にある主要な港であり、当時小国の大名であった織田家領地の収入をはるかに超えた関税収入を得られていた。

得た収入を記事冒頭で書きました、「京の御所の塀が洪水で流されたときの修繕費として、織田信秀は4000貫をポンと献上した」は港による関税財力があったからこそのことである。

経済力があったからこそ織田家の軍備力は強くなっていく

織田家の領地では兵農分離(兵士が戦に農民は農業を専門で行うこと)を進んで雇用していた。

当時多くの大名はこの兵農分離を行うことが出来ず、軍備は寄せ集めの農民兵士であった。

それは正規で兵士を雇う経済力がある大名が少なかったからである。

港の関税収入により織田家は兵農分離を成し遂げ、軍備力は強化され信長の世代には馬廻衆、小姓衆などと称する直臣団を編成していた。

その中には若いころの前田利家も小姓として仕え数々の戦に参加してたとされている。

信長が抑えた港と領土戦略

信長は生まれながらに津島から莫大な経済力を得られていた。

またその理由をしっかり分析していたとされている。その結果領土をむやみに増やす事よりも重要な港を奪取する事を最優先にしていきます。

信長は「堺」「大津」「草津」にある港を抑えた

大阪の堺は当時の商業都市としては有名で経済拠点であり軍需都市でもあった。

日明貿易(日本と中国)の発着港でもあった。国際的な貿易となるとその関税は相当なものであり

信長の鉄砲を数多く手に入れることが出来たのも、堺を抑えたことが大きく関わっていると考えられる。

 

また「大津」「草津」は滋賀にある都市なのですがどちらの都市も琵琶湖と京都と日本海をそして東日本を結ぶ重要なルートであった。

当時は現在のように道路や橋が整備されている事もなく、山が茂っていて琵琶湖を船で渡り京に向かったり船で下り堺へと向かったとされている。

このことから滋賀の大きな港「大津」「草津」を抑えることが当時どれだけの価値があるのかは明確です。

重要拠点は港という発想

信長にとっては重要拠点である港を優先的に抑えるという戦略は戦乱の時代に経済力を蓄えることが重要であるという仕組みを理解していたからこそのことでした。

信長の「先見の明」があってのことであり、信長は天下への道を駆け上がる経済力を手にしていくのです。

まとめ 信長の経済力

織田家の元々所有している「津島」の港により関税収入を得ることによって、小大名らしからぬ財力を有していました。

信長は港や関税収入の仕組みを理解し、日本の重要な港を抑えることにより莫大な関税収入および軍備を整えることが出来ました。

信長の時代の「流れや仕組み」への理解は現在の時代の我々も見習うことが大事だと思います。

この記事の情報を理解した上で「麒麟が来る」を楽しんでいただければとうれしいです。

追記

第9話の公式トリセツにおいて今川義元の勢力についても説明されています。

今川家もまた

  • 金山(きんざん)収入
  • 江尻(清水)や沼津など多くの港による収入
  • 今川家はすでに自由市場を行っていた

これらにより強大な勢力を誇っていた。

https://www.nhk.or.jp/kirin/story/9.html

参考文献 信長の経済戦略 国盗りも天下統一もカネ次第 著者大村大次郎氏

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次
閉じる